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中国出産レポート

投稿者 M・A
2009年01月06日現在

第1子
出産場所: 北京婦産医院
出産日時: 2005年5月20日 AM9:29

妊娠期間中の検診もやり方はほぼ日本と同じ(エコーの回数は極端に少なく10ヶ月のうち2、3回しか取りません。それ以外はほぼ同じ)です。ただ、サービスが違いますが。

中国の病院は「掛号」というものがあって、この「掛号(診察整理券のようなもの。これを買う順番で診察の順番が決まる)」の種類によってサービスの内容もまた変わります。

北京婦産医院では「普通掛号」「専家掛号」「特殊掛号」の3種類に分かれています。

■普通=4.5元・・・流れ作業のように妊婦が待合室→体重・血圧測定→問診を各場所にいって受ける。待ち時間が長く少なくとも3、4時間はかかります。その間は硬い椅子で待たされ、人もとても多く混雑しています。エコーをとる場合はエコーを撮る場所に自分でいって予約をしなければなりません。しかも予約日はたいてい2、3週間後になります。

■専家=14元・・・「普通」と同じ状況ですがお医者さんがベテランです。「普通」「専家」ともに男子禁制。

■特殊=100元・・・「普通」「専家」と場所が異なり少し高級感が漂います。人は多いので待ち時間が2、3時間かかりますが、待合室には大きなソファーがありゆったりと待つことができます。担当医師はベテラン医師。エコーを撮るときは「普通」「専家」に比べると2倍の料金を取られますが、待ち時間がなくその日に撮ることができるという特権があります。

私は初め「特殊」の存在を知らなかったので「普通」で頑張っていました。毎回人の多さと待ち時間、そして虫けらのように扱われるさまにうんざりしているところに知人から「特殊」の存在を知らされ、その次からは特殊に切り替えました。中国語も出産の専門用語となると聞き取れないことがあるので、こちらは夫同伴OKということもあってかなりリラックスして検診を受けることができました。

これは私の勝手な統計ではありますが、中国人妊婦は日本人妊婦に比べると1.5倍から2倍近くおなかが大きくなります。妊娠中毒症になって入院する人が少なくありません。

ただ、私のおなかは中国基準からするととても小さく、8ヶ月に入るころ、お医者さんより、「あなたのおなかはあまりにも小さく赤ちゃんの発育も普通より1ヵ月半遅れている。入院が必要です」と言われ、かなりショックでした。ただ、そのころはまだ仕事があり産休に入っていなかったので、かなり心配ではありましたが、入院せずにそのまま過ごしていました。

出産に備えて産休に入った9ヶ月ごろ、今度は「羊水が少ない」ということで入院させられました。結果、入院した4日間何の問題もなかったのですぐに退院しましたが。ただこのプレ入院のおかげで食事の時間や入院の規則など練習できたのでよい経験ができました。

出産予定日が近くなったある晩、20分間隔の陣痛がやってきました。初産婦は15分に1回の陣痛が来れば病院へ行くという基準があるのでその通りにしていきました。まず入院受付問診というところに行き、看護婦さんが子宮の開き具合を見ます。

そのときはまったく開いていませんでしたが、入院してもいいといわれたので、初めてのことだし、前もって入院しようということになりました。私が通された部屋は5人の大部屋。10分に1回になった陣痛に耐えながら夜を明かしました。翌朝、大勢のお医者さんたちが巡回に回ってきました。

「あらら、この子、時計を見ながら陣痛間隔測ってるよ。そんなことして寝てないでさっさとおきて散歩や階段上り下りしてらっしゃい」とちょっとコケにされた感じに気分が悪かったです。

日本なら(雑誌で見る限りでは)陣痛に耐える時間は陣痛室で寝たり座ったりしてるようだけど、中国はそんなこといってられないのか。と、悔しいのでさっさと起き上がり、散歩&7階から1階までの階段上り下りを1日4セットこなしました。

陣痛は1日目15分に1回、2日目10分に1回、3日目5分に1回と、もうそろそろかと思っていたら4日目はなんと20分に1回に遠のいてしまう始末。いったいおなかの赤ちゃんはやる気があるのだろうか?と恨み言の一つや二つも言いたくなってきます。

4日目の夜11時ごろ急に陣痛が強くなってきました。陣痛間隔を測ってみると5分ぐらい。まだきっとだめだろうけど一応看護婦さんを呼んでみよう。子宮口をはかってもらうと2、3センチ開大。看護婦さんがあわてて私を車椅子に乗せて「産房」(日本で言うところの陣痛室と分娩室が一緒になったところ)に連れて行かれました。

まずは陣痛室であろう所に入りました。その部屋にはベットが6台あり、ほかにも陣痛に苦しんでいる妊婦さんたちが数名寝ていました。みんな数分から5分に1回の陣痛が来ているので、それぞれが「うーん!」「痛いー!」とやや、地獄絵図のような様子に引いていた私。(みんな下半身裸で血が流れているのも全く隠されていなかったので。。。)

私の右隣には高齢出産のために無痛分娩注射を既に済ました様子で時を待っている人と、左隣にはまだ若く36週で陣痛がやってきて、陣痛の痛みにまったく耐えようとする様子もなくぎゃーぎゃー大騒ぎしている人がいました。

私は雑誌でよく研究したとおり、陣痛が着たら大きく深呼吸をして「ナニクソ耐えてやる」根性で頑張っていました。右隣の女性が、「あんた、えらいねぇ。私は高齢だから無痛分娩にしたけどさ。それにしてもあんたの左隣の子はうるさいったらありゃしないよ。でもあんたみたいに勇敢に陣痛に耐え抜いてる子もなかなかみないよ」とお褒め(?)の言葉をいただき元気が出た私。

そうこうしてる内に左隣の女性が「ぎゃー!死ぬー!もう切ってー!無痛分娩の注射してー!」と大騒ぎしているところにあるお医者さんがやってきました。「あなたはまだ36週なのよ。赤ちゃんだってぜんぜん小さいんだからちゃんと自分で出産できるの。はい、鼻で息を吸ってー。口で吐いてー。吸ってー。吐いてー。その調子。頑張るのよ」そう言って去っていきました。

*その女性は又すぐに陣痛に耐えられなくなり大騒ぎ(実は声を出す方が痛く感じるのです)。

そしたら次にやってきたお医者さんは「何!?無痛分娩の注射打ちたいの!?1回1000元よ!どうする!?打つの!?」とちょっといらいらした様子でその女性に迫り、その女性も「打つ打つ!早くしてー!!」と答え、すぐに無痛分娩の注射を打つ準備が始まりました。

「ぜんぜんまだ痛いじゃないのよ!!」と言う女性に「これはまだ準備段階の点滴。我慢しなさい」と言われていました。後の話によると、結局無痛分娩の注射を打つまでもなく何とか自然分娩できたそうですが。。。

陣痛に耐えること5時間。出産するための分娩室に移動しました。そしてやっとご主人様とご対面。立会人は1人だけで1人200元の入場料を支払います。それまで孤独に戦っていただけにご主人様との対面はかなり安堵しました。

さぁ、戦いはそれからです。子宮口をよく開かせるために分娩室をうろうろと歩き回りました。陣痛が来ると立ち止まり、壁にもたれかかって主人が腰をひたすらさすってくれます。

歩き回ることができなくなったころは出産用ベットに寝て陣痛と戦いました。一睡もできていない私と主人は陣痛のない間隔の間にウトウトしながら陣痛がやってくると「きたきたきたきたきたー!」と主人をたたき起こしマッサージをしてもらうというパターンの繰り返しでした。

この間、分娩室には担当の看護婦さんが待機していましたが、私たちの奮闘を横目に自分たちはぺちゃくちゃおしゃべりばかりしていました。巡回のお医者さんたちがやってきて子宮口の開き具合を見てもらうころちょうど陣痛もやってきてあまりの痛さに「あはははは!」と笑う私。それを見て「笑えるなんてまだ大丈夫ね」と言って去られてしまい「大丈夫じゃないのにぃーーーー」と半泣きでした。

そして朝の9時ごろ、お医者さんが沢山やってきていよいよ出産の準備。出産用ベットがウィーンと動きながら足が開くように設置され、消毒したり胎心音を聞いたりしました。どこをどうやってもってどのようにいきんでと説明されているようですが、ややパニック状態の私に主人が通訳してくれていてもまったく頭に入らない様子。

「手はここ!足はここ!」と動かしてもらってやっとそういう意味だったのかとわかるほどでした。出産の痛みが極限でえびぞりになる私。「腰を浮かすな!」と注意されてへとへとの私。「スイッチがあるなら押してこの陣痛を止めたい」と現実逃避もむなしく、次々にやってくる陣痛におかしくなりそうでした。

やっと「いきんでOK!」のサインが出て、いきみ開始。いきむときは声を「うーん」と漏らすと力が抜けてしまいます。「・・・・・・!!!!」と声を出さず息を止めながら力を入れなければなりません。これをするにはかなりの精神力が必要でお医者さんに何度も注意されながら何とかこなしていました。

「よしよし!いいかんじ!上手よー!」とほめてもらいながら力をもらい、「はい!いきみ止めて、はっはっはっの呼吸に変えて!」手を胸に当て「はっはっはっ」といっているうちに「オンギャー!」とやっと産まれてきました。

9:29、女の子の誕生です。すぐに女の子であることの証を見せてもらい「元気な女の子ね。2630グラムだったわよ」と告げられました。赤ちゃんはざっと拭かれてすぐにお母さんとカンガルー抱っこをさせてもらいます。

そして、初めてのおっぱい。お互いに初心者なのでなかなかすぐには吸い付けないですが、それでもなんとか吸い付いたときの勢いにはびっくりでした。その後数週間にわたり、おっぱいがよく出なかったり、乳頭が裂傷したりなどで授乳の苦しみが始まりますが、致し方ないことです。

私は出産の際に会陰が自然裂傷していたので胎盤が出た後に縫合しました。これが麻酔をほとんどかけていない皮膚に直接針を通すので気を失うほど痛かったです。陣痛が終わり、もうこれ以上の痛みがないと思っていたところにそれ以上の痛みだったので、とてもつらかったです。抱っこしていた赤ちゃんを落とさないようにするのにも必死でした。

出産直後、「臍帯血」を保留するかどうかの判断に迫られます。赤ちゃんを出産した直後に白血病になるかもしれないから臍帯血は残しておいた方がいいなんて話を聞くと、とても動揺します。

1人目で経験のない私たちはその場はとりあえず「保留」を選択しましたが、数日後それを保留するには1万元が必要だということがわかり、出産費用を捻出するのでも大変だった私たちにとってはとても無理な話でした。そんな大病にならず、健康に大きくなることを願ってお断りしました。

出産後の入院期間は付き添いは基本的に面会時間のみです。それ以外の時間にまだ誰か残っていると、門番のおばちゃんがやってきて「面会時間は終わり!早く出て行きなさい!!」と出て行くまでとても大きな声で怒鳴られ、帰らざる終えません。

出産の疲れと痛みが残っていてもトイレにも自分で行かなければならず、食事の配膳も部屋の外の廊下なのでそこまで自分で行かなければなりません。これも仕方のないこと。

北京婦産医院は出産直後から母子同室なので育児戦争がすぐに始まります。幸いにもわが子はとてもよく食べよく寝る子だったので、比較的楽だったと思います。ほかのベットの子は夜中も散々泣いていたのでその中ですやすや眠るわが子を周りの人はうらやましがっていました。

4日目の朝、退院指令がでて、精算などの手続きを済ませ無事退院。出産のための入院費用はすべて込みで1974元でした。

 

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